ステップアップ

今日は母校(中学・高校)の同窓会。
久しぶりの参加でドキドキしましたが、
そんな不安はどこへやら。
一瞬にして35年前にタイムスリップしました。

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↑恩師からお言葉をいただいているところ


そして今日は、調停離婚成立からちょうど2年にあたる日でもあります。
最初の1年は、モラハラ義姉が夢に現れてうなされたり、
なかなか心の闇は晴れませんでしたが、
ようやく笑い話になりつつあります。


とある占いで、今年後半の運勢は「ステップアップ」とありました。
いろんな意味で変化していく時期だ、とのこと。
仕事が忙しくなり、合唱活動に一旦区切りをつけようと決めたことや、
一人暮らしを始めようと決めたことなど、
思い当たる節があります。
この年になって定職があるのは有り難いこと。
今はきちんと仕事をして自分の足で生活することが目標です。

今年後半は、私にとって大きな節目となりそうです。
 
 
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by fujimal_love | 2016-06-26 22:03 | 自分のこと | Comments(0)

年賀状

 
今回ばかりは出したくない気持ちが強い。

今年の年賀状年で再々婚したことを通知したばかり。
1年やそこらで離婚したこちらが悪いんだけど、
またか~
と思われるんだろうしなぁ凹

今回はこちらからは出さず、
いただいた年賀状に返事を出すだけにしよう(-.-)
本当はもうきっぱりやめてしまいたいけど、
恩師や元上司など、そうもいかない人も多いし(・.・;)

あ~面倒くさいなぁ・・・
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by fujimal_love | 2014-11-24 11:09 | 自分のこと | Comments(0)

先日から挑戦している、在宅ワーク。
今日はトレーニングSTEP2と業務第1号の両方がクリアになり、
業務第1号はめでたく納品完了、との通知がありました。
まだ単価の低い仕事ですが、初報酬の発生、ウレシイです\(^o^)/


それはいいのだけれど。


第1回調停まで、あと一週間。
まだまだ先だと思っていたのが、急に現実味を帯びてきました。

いったいどんな話し合いになるのか…。

裁判官、調停委員はどんな人たちだろうか。
そして、夫は本当に出頭してくるのだろうか。

…いろいろな不安が頭をよぎります。


住民票は移したのに、姓はまだ夫のもの、というこの中途半端な状況は、
見えないロープで繋がれているようで、気持ちの上で負担になっています。
遅くとも年内には決着をつけたい。
相手にしても、高齢の義母がいるのだから、
その義母に心配をかけ続けるつもりはないだろう、と思います。


離婚が成立するまでは、別居中でも婚姻費用(生活費)を夫に請求出来ますが、
振り込んで欲しい、というメールすら、夫にするのが苦痛です。
何しろ、1ヶ月以上音信不通になっている相手。
家庭裁判所から調停の通知が相手に届く前から会話がない状態なので、
素直に応じるかどうかは疑問です。
だけどこちらにも金銭的な余裕はないし、請求するしかありません。
それとも、調停まで待った方がいいのか。


私がまだあちらに置いている荷物の引き取りの件も、伝えなくてはなりません。
本当はもう二度とあの家には近寄りたくないし、
夫や義姉の顔を見るのも嫌なのですが、荷物を引き取らざるを得ないし、
夏の衣類なども結構置いたままにしているので、早く引き取りたい。


いろんなことが頭の中をグルグル回り出しました。
とにかく、全てが無事に解決しますように…!



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by fujimal_love | 2014-06-19 14:03 | ひとりごと | Comments(0)

ほっこり(^^)

久し振りの日記です。

今日は嬉しいことが2つ。

婚活は紆余曲折ありましたが、
先日お見合いしたお相手と、今日再度会い、
結婚を前提にお付き合いをすることになりました。

そして、先ほど、もう一つのHAPPYが。
事情があって、弟夫婦が最近離婚をしたのですが、
元義妹の所にいる姪っ子から
「携帯アドレス変更しました」
というメールが届いてビックリ。
離婚後、キャリアを変更したようでした。

実は今日は姪っ子の誕生日。
昨年までは毎年お祝いのメールを送っていましたが、
今年はお母さん(元義妹)の手前、送らなかったんです。
(元義妹からはメールは来ていません)
もう送っちゃいけないんだと寂しく思っていたので、
本当に嬉しかったです。

元義妹には気の毒だけれど、考えてみたら
姪っ子と私は血が繋がっているんですよね。
自分には子供がないため、
あまり「血」というものを意識したことがありませんでしたが、
今日はそれを強く感じました。
何より、姪っ子が連絡をしてきてくれたことが嬉しくて、
早速、お祝いのメールを送りました。

このことで、お別れした元婚約者の気持ちが、少しわかった気がします。
やはり「血」というものは切れないんだな、と。
元婚約者とお子さんの間には、到底私は入り込めない。
だから、あちらから縁を切って貰ってよかったのかも。
そんな思いがしました。

最近、暑さも加わって毎日疲れ切っていましたが、
嬉しいことが続いて、週明けからまた頑張れそうです。
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by fujimal_love | 2012-07-28 20:59 | 家族のこと | Comments(0)

2年経ったなぁ


今日で、離婚から2年。
あっという間のようで、いろいろあった。

まさか2度もリストラに遭うなんて思ってなかったし
2社とも「長く働いて下さい」なんて大嘘つき(笑)

恋もなかなかうまくいかないことが続いた。

でも1年前と比べるとかなり進歩したかな。

前夫との縁はまだ切れないが、問題は解決しつつある。
合唱団に復帰出来た。



来年はどうしているだろう。
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by fujimal_love | 2011-08-27 09:39 | ひとりごと

1.17

  
私にとっての 1.17 はちょっと複雑。
当日は神戸の自宅を離れ、
滋賀県の大津というところにいました。
当時の夫が難病にかかり、
一週間前に大手術を終えたばかりで、
私は病室に簡易ベッドを並べて泊まり込み、
着たきりスズメだったので、
その日に一旦自宅へ戻る予定でした。
そこへ、あの地震。
交通は寸断されて帰れなくなり、病院のご厚意で
もう暫く置いていただけることになりましたが、
東灘区の両親や弟と連絡が取れず、
もう亡くなってしまったかも知れない、と
一時は絶望的になりました。
夫の実家も長田区というところにあり、
火災の激しかった場所でしたが、
幸い、どちらの親族にも不幸はありませんでした。
後で私の両親に聞いた話によると、
一旦避難場所に移動したところ、
今度は石油タンクが爆発する恐れがあるため
別の場所に避難するよう勧告されたそうです。
今のように携帯は普及しておらず、
やっと落ち着いた先で公衆電話に並び、
ようやく遠方の病院にいた私に連絡が入ったのは、
地震から2日後でした。
それから10日ほどして、
友達のご主人(自衛官)が心配して訪ねてきてくれ、
車で自宅まで送り届けてくれました。
神戸市内でしたが、幸い、多少背の高いものが
倒れた程度でした。
部屋を見渡して落ち着いてくると、逆に
震災当日大津にいなければ夫のいる病院にも行けず、
両親や弟とも連絡が取れずに、一人ぼっち…
そんな状況に耐えられたかどうか、と思うと、
ぞっとしました。

その後、ライフラインが断たれた実家で過ごすのを諦めた
両親たちと
叔父の会社の社員寮の空室を世話して貰い、
そこから病院まで数日おきに通いました。
豊中市内でしたが、ここも大阪府で唯一の被災地に指定され、
社員寮のエアコンの室外機はすべて壊れていたため、
電気ストーブを持ちこんで暖を取りました。
そこから滋賀県の大津まで重い荷物をかかえ、
電車を乗り継ぎ、
片道何時間もかけての移動は大変でしたが、
被災された方に比べれば…と気力で術後の夫を励ましました。

その時のストレスは、時間が経っても残っていたのでしょう。
夫が回復してきたため、会社復帰に備えて
神戸のマイホームをその年の暮れに引き払いました。
が、震災直後ということでなかなか買い手がつかず、
暫くは二重家賃の状態に。
そんな中、年が明けてまもなく、私は失神を繰り返しました。
『劇場型』というそうですが、人がいる安全な場所で
SOSを発するそうで、
一度は夫が運転する車の中でした。
直前までの記憶ははっきりと残っているのですが、
気がつくと自宅前の駐車場でした。
意識がなかったのは10分ほどで、何も覚えていませんが、
夫は私が舌を噛まないように、
自分の手を私の口の中に入れていたそうです。
おぼろげながら意識が戻り始めましたが、
頭がぼんやりして、夫が何か質問したことに対して
「わからない」と答えたのを覚えています。
駐車場から自宅へ入り、寝室あたりまで来たところで
ようやく意識がはっきりしてきました。
その後2ヶ月ほどして、再び失神。
この時は通院先の病院で投薬待ちの間に突然気を失い、
気がついた時にはストレッチャーに寝ていて、
付き添っていた看護師さんが
「もうすぐご主人が来られますよ」と。
投薬内容を見直し、変更して貰いました。

あの大手術のあと、重い障害を背負うことになった夫とは、
その後、私の介護鬱のため、やむを得ず離婚しました。
『元気にしているのかしら』
母もずっと気にかけているようで、時々つぶやきますが、
その後は二人とも黙ってしまいます。

私にとって1.17という日は、添い遂げられなかった
最初の夫への懺悔の日でもあります。
別れてから11年、一度も会ったことはありませんが、
当初気丈に一人暮らしをしていた元夫も、
風の噂で、今は長田区で一人暮らしをしていた
お兄さんのもとで
一緒に暮らしているとのこと。

 
 寒い季節には手術の傷が疼くでしょう。
 身体を大切にして下さい。
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by fujimal_love | 2011-01-17 23:41 | 地元のこと

一年

  
一昨日は、来年早々に戻る予定の合唱団の
演奏会でした。
団創立60周年を来年に控え、その記念として
昨年から始まった3大レクイエム連続演奏。
今年はその2年目、フォーレ・レクイエムでした。
今回も素晴らしい演奏で、客席からオペラグラスで
メンバーの姿を追っていると
歌いたくてウズウズ。
来年は合唱団に復帰して、モーツァルト・レクイエムを、
私も演奏する予定です。

そう言えば、一年前にもこうして
演奏会(ヴェルディ・レクイエム)を聴きに来たけど、
当時は離婚寸前で、身辺が慌ただしかったなぁ。
あれから一年経ってしまったんだ…そう思うと
長かったような、あっという間だったような…。

まだ元夫とは不本意にも繋がったままだけれど、
あと一年辛抱したら、道も開けてくるのかしら。
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by fujimal_love | 2010-07-25 20:15 | ひとりごと

梅雨明け

 
昨日までと打って変わって、
真っ青な夏空が広がっています。

が、このところ凹むことが続いて、気分が落ちたまま
なかなか浮上出来ません。

さらに昨日は“サントリー1万人の第九”の
参加抽選日でしたが、
初めて落選(p_-)
歌うことが出来れば少しは気分も上がるかなと
思っていただけに、
軽くショックでした。

元夫とは相変わらず金銭問題で繋がったままだし…
あと1年の辛抱、と思いつつも、気が滅入ってきます。

早く元気になりたい(._.)
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by fujimal_love | 2010-07-17 12:58 | ひとりごと

いろいろな春

  
一向に喉の痛みが取れず、時折苦しい咳が出るので、
近所の薬局へ行ったら、風邪ではなく、
アレルギーの一種だろう、と。
体内時計は夏仕様に変わりつつあるのに、
本来の気温より低いので、
身体がついていっていないらしいです。
ただ、喉の痛みにピンポイントで効く薬と言うのは
なかなかないそうで、
咳止め液を1日分だけ貰いました。
取り敢えず明日の面接だけは少しマシな状態で
臨みたいです。

昼過ぎ、出先でまた左目に痛みが走り、
コンタクトレンズを外して、そのまま帰宅。
帰ってから、改めて装着しようとした時に
誤って落としてしまい、
探し回っているうちに割れてしまったようで、
ふと気がつくと5つ~6つに割れたかけらが
次々と見つかりました(*_*)
『やばい! 明日面接なのに、
 片目で行くワケにはいかないし』
そう思い、慌ててレンズを買いに走りました。
また間が悪いことに、自宅近くのレンズ店併設の
眼科は今日が休診日。
レンズを交換する時には眼科検診を
必ず受けなければならないので、
仕方なく、電車を乗り継いで1時間近くかかるレンズ店へ 。
幸い目には異常はなく、新しいレンズを入れて
事無きを得ましたが、
ここ10日間ほど感じていた左目の痛みは、
恐らくレンズにヒビが入っていたせいだろうと思われます。
交換時期の3年を過ぎていたので、寿命だったのでしょう。
以前にも、目の痛みがひどくてレンズを外した途端、
掌の上で真っ二つに割れたことがありましたが、
よく目に傷がつかなかったことだと、
その時の診察でも言われました。
しかし、無職の今、¥15,000超の出費は
ちとイタいです(>_<)

また今日は離婚届を提出してから、ちょうど8ヶ月。
最初の頃は人と会うのも億劫な時期があったので、
軽い鬱状態だったかも。
最近はそんなこともなくなってきたので、
心は少し回復したのかな、と思います。

そして…かつて同じ職場で仕事をしていた仲間の一人が
ひっそりと息を引き取って丸2年。
亡くなったのは確か25日で、今日がお葬式でした。
職場が解散になってから、わずか3ヶ月後の
突然の訃報に、
知らせを受けた時は言葉もありませんでした。
お別れ会の時は元気だったのに…(T_T)
でも、その職場をとても愛していた人だったから、
きっとみんなに会いたくて、
呼び寄せてくれたのかも知れないね、と
集まったメンバーで話をしたのを覚えています。
もう3回忌なんだな、と思うと、
本当に月日が経つのは早いです。
今は天国で、大好きなお酒を飲んでいるのかな。

いろいろな「春」です。
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by fujimal_love | 2010-04-27 21:18 | ひとりごと

  
今週はめまぐるしい一週間でした。
駐車違反金のこと、解雇、休業日事件…。

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休業日事件とは・・・
先月から会社が始めた「休暇取得促進」。
詳しい説明もないまま、会社の指示された日に休暇を取り、
特別有給休暇という処理をされていたのですが、
昨日になって「間違いでした」と。
「休業日とお考え下さい」とだけ言われて、
固定給の正社員と違い、時給制の私にとって、
9月はただでさえ連休のせいで給料が少ないのに、
会社の指示で休んだ2日間は無給になってしまうのかと
人事に抗議しました。
フルタイムだからという理由で、正社員と同じく
休暇取得促進の対象にされ、
休みたくもないのに休みを取らされ
挙句に給与補償がないとは、契約違反じゃないか、と。
今日、人事責任者からお詫びと詳しい説明があり、
ようやく納得。
有給と同じような扱いになるが、
出勤日数に含むことが出来ないため、
給与明細にはその他支給として表示される、
ということでした。
なんだかややこしかったけれど、
ホッと胸を撫で下ろしました。
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解雇を言い渡された火曜日は、
ショックで何も考えられませんでした。
けれども2日、3日と経つにつれ、ぼんやりとですが
将来のことを考え始めています。

まず、就活も考えましたが、
かねてから、大昔に取った簿記2級を
活かしたいと思っていて、
たまたま一緒に仕事をしている男性から
職業訓練のことを聞き、
受けてみたいな、と考えています。

幸い、会社都合で、45歳以上なので、
失業給付は180日分。
希望する職業訓練に合格したとして、
12月受講開始で来年5月末に修了。

失業給付は会社都合のためすぐに受給出来るので、
ちょうど受講が終わる頃に受給も終了となります。
この歳ですから、すぐに就職出来る可能性は
かなり低いですし、
万が一就けたとしても、ただの事務なら
1~2年の短い契約スパンになることが
今は多くなってきて、
転職ばかり繰り返すのもそろそろ限界。
それなら、よりスペシャリストを目指した方が
先々長く勤められるのではないかと思っています。

まだ漠然とですが、結婚はしたくない、
という思いも強くなっていて、
両親を見送るまで、このまま実家にいたい、と。
それには経済的にも安定が必要だし、
収入を上げようと思ったら、
スキルアップが不可欠ですよね。

結婚には、今はそれほど執着がなくなってきています。
やはり手続きの煩雑さに辟易したことが
大きいですね。
お友達や、恋人と言える人が欲しい、
という気持ちはありますが、
じゃあ結婚か?というと、そうでもない自分がいます。
家事も得意とは言えないし、
自分一人の時間や空間も欲しい。
そんなワガママな私には、結婚は向かないのかも、と
ようやく気付きました。

こんなにちゃんと将来を考えたことは、
多分今までなかった。
離婚してからの1ヶ月余りは辛かったけど、
やっぱり、将来を考えるきっかけになった
1ヶ月だったなぁ、と思います。
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by fujimal_love | 2009-10-02 23:34 | 失業・就活・職業訓練