It's all right.

2016年 07月 31日 ( 1 )


“見送る”という選択

★暑中お見舞い申し上げます★

今日で7月も終わりですね。

今まで、それなりに意欲をもって生きてきましたが、今月、2つの“見送る”選択をしました。
一つは、合唱。
もう一つは、一人暮らし。

私にとっての合唱は、単なる趣味の域を超えていました。
合唱というのは団員一人ひとりの協力が必要な作業になるため、
いろんな面で犠牲を強いられる趣味でもあります。
それでも楽しいし好きだから続けてこれたワケですが、今年に入って状況が一変。
社会保険に加入可能なフルタイム勤務に近い状態になったことで、
大好きだった合唱を続けていくには心身ともに辛い状況に。
この歳での朝5時起き+8時間労働+週5日勤務は思いの外堪え、
毎週の合唱の練習が辛いだけのものになってきていました。
月1~2度は日曜日の午後も練習があり、4時間近く立ちっ放し・歌いっ放しで、グッタリ。
さらに年3回の合宿では、朝から夕方までこのような練習が続きます。
情けない話ですが、今はただただ疲れ切ってしまって、
合唱を楽しむ余裕がない、というのが正直な気持ちでした。
好きで続けてきたことなのに「しんどい」「疲れた」という言葉が口をついて出るようになり、
自分でも、これではダメだ、と。
単に勤務日数が増えただけでなく、職場の人間関係にも悩んでおり、
それがストレスではないか、と母に指摘されました。
最近のアンタは疲れ過ぎだよ、と。
その人がそばにいるとイライラして、仕事のペースが乱されるので、
なるべく離れるようにはしていますが、それにも限界があります。
ここまで相手のことがストレスになるとは思っていなかったのですが、
最近、顕著になってきています。
その人さえいなかったら、と思うようになった自分も怖い。
加えて更年期のせいもあるのか、声が思うように出なくなってきていました。
そうなると歌うことを楽しめず、それがさらにストレスになる。
まさに悪循環です。
それでも、仕事をやめるワケにはいかないし、こうなってしまったら、
楽しめなくなった合唱から一旦離れる選択が必要だ、と痛感した次第です。
歌うことはいつでも再開出来るけど、50歳を過ぎた今、いつまで働けるかはわかりません。
でも、一人者ですから、働ける間は仕事に専念しなければ、と。

一人暮らしを“見送る”ことにしたのも、同じような理由からです。
不本意な離婚を繰り返したことで、蓄えが全くない私。
年明けから勤務日数が増え、収入が上がったことで一念発起し、
一人暮らしを目指して資金作りに励んだ結果、半年でそこそこの預金が出来ました。
そこで、気持ちに変化が。
何のことはなくて、通帳残高が増えるに従い、使うのが惜しくなってきたんですね。
そして、やはり自分には蓄えが必要だ、と、今さらながら気づいた、というワケです。
一人暮らしの自由も捨て難い魅力があるけれど、今の私はそれが出来る状態ではない。
今は元気な両親にも、年齢柄何があるかわからないし、実家にいて仕事を続け、
少しでも蓄えを作っていくのが最良だという思いに至りました。
早めに死にたい、という願望はあっても、その通りにはいかないだろうし、
長生きするにはお金が必要。
誰も頼る人がいないし、今ここで頑張るしかないのだと思います。
だいぶ遅い気づきではありますが、いずれ嫌でも一人暮らしになることですし。

父とはあまり話をしませんが、母にこの2つの“見送る”話をしたところ、
安心してくれたようでした。
やっと娘が身のほどを思い知ったか、と安堵したことと思います。
やはり一人者の娘を残していくことは心配でしょうし、今は元気に働いて欲しい、と。

“見送る”という言葉はネガティブに聞こえますが、
時にはそれも選択肢の一つになる、ということを考えた数ヶ月間でした。

一人暮らしを目指していたので、少々強引な資金作りを半年続けましたが、
今後は少しペースを落とし、無理なく着実に蓄えていければと思います。
早めにあの世へ行きたい、と思う自分ほど、無駄に長生きしそうな気がするので(笑)

最近、多忙にかまけてブログも満足に開けない状態でしたが、
また更新していきたいと思っていますので、
皆さまには、変わらぬお付き合いをよろしくお願いいたしますm(_ _)m
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by fujimal_love | 2016-07-31 13:08 | 自分のこと | Comments(0)